編著/共著

原和之、荒谷大輔、福田大輔、今関裕太(著)

詳解 ラカン『サントーム』 ジョイス・結び目・精神病(第二版)

福村出版
2025年9月
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フランスの精神分析家ジャック・ラカンは、1953年以降、1981年の死の前年に至るまで、公開のセミネールにおいて、大きく展開する自身の精神分析についての考え方を述べてきた。本書はそのうち最後期に属する1975/1976年度に行われたセミネール『サントーム』について、詳細な解説を施そうとするものだ。

底本としたジャック=アラン・ミレール校訂版(Jacques Lacan, Le Séminaire, Livre XXIII, Le sinthome, Paris, Editions du Seuil, 2005)は未邦訳だが、本書の「あとがき」にも触れられている本書のもとになった研究会では、それぞれが担当する各講の全訳を持ち寄って検討しながらテクストの理解を深めていった。これがある意味で、本書の「解説」の基本的なスタンスを決めたように思う。すなわちラカンの議論の曲がりくねった杣道を、大文字のラカン〈理論〉の舗装された一本道に回収するのではなく、その曲折をあくまで辿った上で、そこに可能な限りでの筋を通すというスタンスであって、これは原テクストとの対応への拘りという点で翻訳者の意識に近い。なおこうしたスタンスはこの本がもともと企画されたせりか書房のシリーズで採用されていた原則と合致するものでもあった(このシリーズのうち先日『精神分析の四基本概念』についての解説書が本書と同じ版元で再版されたが(荒谷大輔、小長野航太、桑田光平、池松辰男著『詳解 ラカン『精神分析の四基本概念』』(福村出版、2026年))そのなかで採用されていた行単位での原典への参照は本書でも踏襲されている)。

ただ同時に、本書ではまさに『サントーム』のテクストに肉薄しようとするなかで、外部的なテクストへの参照にも多くの紙幅を割くことになった。ラカンがセミネール『サントーム』の中で言及・引用したジョイスのテクストをその周辺事情も含めて詳細に解説した巻末100頁を超える「ジョイス関連事項注釈」はその最たるものだが、本文中でもジョイスの諸作品やラカン自身の他のテクスト(ラカン自身の症例呈示を収めた『ラカン 患者との対話』や、同時期に再版された初期の『人格との関係から見たパラノイア性精神病』)、またセミネール出席者(フィリップ・ソレルスや、数学者のピエール・スーリ)の著作などが、しばしば参照ないし引用・注釈されている。一見ラカンのテクストから離れるように見えるかもしれないが、ラカンの省略的なスタイルの議論の文脈を再構成するためには必須の迂回である。ただ「もっとも適切なレフェランスが最も明示的なものとは限らない」(ミレール)という難しさのある後期ラカンのテクストについて、それでもある程度それを辿ってゆくことができたのは、異なった背景や視点を持つ複数人での読解作業であったことが大きかった。

このセミネールの時点でのラカンは七十代半ば。時に疲れた様子も見せ、またあれこれ愚痴をこぼしながらも、ボロメオの結び目という新たな道具立てのもと、ジョイスを題材に旧知の分野である精神病論において新境地に踏み出そうとするその知的な足取りはなお若々しい。本書がそうした彼の姿を伝える手がかりとなることを、著者の一人として心より願っている。

(原和之)

広報委員長:原瑠璃彦
広報委員:居村匠、菊間晴子、角尾宣信、二宮望、井岡詩子、柴田康太郎
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2026年2月28日 発行