パフォーマンス セクシュアリティと多様性 ドラァグクイーンによる ショー・絵本読み聞かせ・HUGたいそう
ド派手な衣装をまとい、ヘヴィメタルの音楽に乗ってショーを披露したドラァグクイーンが、にこやかに絵本を読み聞かせ、参加者と一緒になって体を動かす——。マダム・ボンジュール・ジャンジ氏(ドラァグ・クイーン、絵本読み聞かせパフォーマー)と批評家・英文学研究者の北村紗衣氏による「パフォーマンス+トークショー」は、パフォーマンスと性多様性をめぐる教育活動を創造的に交差させるジャンジ氏の活動に触れながら、学会プログラムの一環としてその場に居合わせたであろう多くの参加者の心身と関係性を束の間、(わずかに過ぎないかもしれないが)解きほぐす時間になったように思われる。
マダム・ボンジュール・ジャンジ氏は、新宿二丁目にあるHIV /エイズ情報センターかつコミュニティスペースでもあるaktaの運営に携わりながら、ドラァグクイーンとして活動している。また、幼い子どもたちにドラァグクイーン姿で絵本を読み聞かせる「ドラァグクイーン・ストーリー・アワー東京」(以下、DQSH)のメンバーとしても、積極的に教育活動に携わっている。
イベントは、フランク・シナトラの “My Way”のドイツ語カヴァー版(おそらくNina Hagenによるパフォーマンスか)を大音量で鳴らしながらのリップシンク・パフォーマンスから始まった。ヘイトへの反対、ガザ虐殺への反対を訴えるジャンジ氏のシャウトでパフォーマンスが締めくくられた後、絵本の読み聞かせが実施された。ジャンジ氏が示したのは、トッド・パール氏の絵本『It’s Okay to be Different』だった。ジャンジ氏らが訳したこの絵本は、「〜でも、オッケー!」というフレーズが積み重ねられる。読み聞かせにあたりジャンジ氏からは「OK」のハンドサインが共有され、絵本の内容に合わせて「オッケー!」と思えたらハンドサインを見せるよう提案がなされた。「歯がなくたって、オッケー!」「複数のお母さんがいても、オッケー!」……。ハンドサインを何度も出すのは、「違っても大丈夫」というメッセージを単に受動的にキャッチすることから脱し、「オッケー!」と思える範囲で積極的に引き受けていく試みであるように思われた。
続いて、事前に「OK」と「ヤダ」のサインが共有された上で、BGMに合わせて準備体操から始まる独自の「HUGたいそう」も実施された。この体操は、ジャンジ氏のコンテンポラリー・ダンスやヨガの経験が活かされており、身体的なコミュニケーションを促すものである。最初は自身の身体に触れるところから始まり、徐々に周囲の参加者と確認を取りながら触れ合い、最終的には「線路は続くよどこまでも」を歌いながら一列につながった行進にまで発展していった。
ジャンジ氏による活動の一端が披露された後、プログラムはジャンジ氏と北村氏のトークへと移った。そこでは、性多様性を絵本読み聞かせやHUGたいそうを通じて幼少期の子どもたちに伝えるジャンジ氏の活動の意義が窺えた。読み聞かせの対象は主に3〜8歳であり、まだ既成概念に強く囚われていない時期とも言える。その時期に性多様性に関する本をドラァグクイーンとして扱うことについて、ジャンジ氏は「今すぐには理解できなくても、後になってあんな人がいた、あんなことがあった」と参照できる「異物」に接する経験だと強調していた。「異物」であるためにジャンジ氏がとる方法は入念である。まず、子どもたちに馴染みのある絵本を読んだ上で、性多様性についての絵本や、ドラァグクイーンおすすめの絵本へと進んでいく。子どもたちから見ると奇抜な格好をしている人が、自分も知っている絵本を読んでくれるという体験は、読み手への親しみを喚起し、パフォーマンス空間の確立を容易にする。絵本は、ドラァグクイーンと子どもたちの関係性を作るツールとして位置づけられているのだ。
他方、ジャンジ氏の活動は時に批判や攻撃に直面することもあった。過去、東京都現代美術館で「DQSH」を実施しようとしたところ、「ドラァグクイーンが子どもたちを洗脳する」という攻撃に直面した。これに対しては美術館と共同声明を発表し、幼児教育の専門家がメンバーにいることなど、活動の正当性と安全性を訴え、攻撃を収束させた経験が語られた。また、2001年にワタリウム美術館で子どものための展覧会が開催された際、HUGをテーマにパフォーマンスを考案したものの、居合わせた子どもから「気持ち悪い!あっちいけ!」と拒絶の言葉を投げかけられたエピソードが語られた。けれども期間が経つにつれ、攻撃的だった子どもがのちにパフォーマンスのリピーターになったという。HUGたいそう誕生の背景には、自身と他者の身体を肯定するパフォーマンスを通じた関係性の構築があったのだ。

トークショー後の質疑応答では、活動の普及や現場での対応に関する具体的な課題や工夫が語られた。まず、絵本業界との連携の有無について質問が上がった。それに対してジャンジ氏からは、絵本業界からの直接的な反応は少ないが、モールでのイベント時に書店が本を手配したり、翻訳出版時にイベントを行ったといった応答があった。ジャンジ氏によると、NYでは公共図書館の予算を使ってドラァグクイーンによる読み聞かせイベントが開催されるという。公的な位置づけであれば、より多くの人が触れられる機会が増えると展望が述べられた。
続いて、「HUGたいそう」などでコミュニケーションを取る場面になった際、参加したいけど輪に加わりづらそうにしている子どもにどのように接しているか質問があった。入りづらそうにしている子どもに対しては、声をかけたり、子ども同士を関係づけることを意識しているとジャンジ氏は答えた。また、活動場所がそこまで広くない場合は全体が見渡せると共に、子どものことをよくわかっている教師など大人がもう一人いると理想的だという。
そして、パフォーマンスの工夫についても複数の質問が上がった。今回のイベントでジャンジ氏は三種類のパフォーマンスを披露したが、リップシンク・パフォーマンスは絵本読み聞かせやHUGたいそうを比較して明らかに大人向けだった。これについてジャンジ氏は、ドラァグクイーンとしてのイメージを最も提示できる曲目にしたと語った。リップシンク・パフォーマンスの選曲や衣装はパフォーマンスする国やイベントの性質、想定される客層に合わせており、また、歌詞の字幕をつけることでろう者の観客も楽しめるようにしたいという意図が伝えられた。
読み聞かせに関する発言で印象に残ったのは、ジャンジ氏が即時的な効果に囚われていないことだった。ジャンジ氏は、子どもたちの中には自覚的にも無自覚的にもマイノリティの子がいたり、お友達がマイノリティだったりすると思うが、その子たちが自分自身や友達のことを考えるときに読み聞かせのことを少し思い出してもらえると嬉しいと語っていた。
人生をサバイブし、自身を理解するための手立てになりうるかもしれないが、それは今すぐこの場では起こらないかもしれず、いつかどこかのことかもしれないというスケール感は、子どもたちに対する「異物」であるからこそなし得る育みの方法なのかもしれない。