翻訳

ジョルジョ・アガンベン(著)
高桑和巳(訳)

散文のイデア

月曜社
2022年2月
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アガンベンの著作は(少なくとも原著が単行本として出版されているものに関して言えば)、小冊子と最近数年の著作群とを除けば『散文のイデア』(1985年)と『言語運用の秘蹟』(2008年)だけが未訳だった。今回、前者の翻訳を刊行したことによって、『内容のない人間』(1970年)から、少なくとも『王国と栄光』(2007年)ないし『ニンファ』(2007年)に至るまでの思想の軌跡を日本語でも欠落なく辿っていただけるようになった。

この補填は要するに、「1980年代初頭まで」と「1990年代以降」とを接続するミッシング・リンクの実在を明示するという意味をもつ。本書は、特異な言語思想を開陳する『インファンティアと歴史』(1978年)や『言語運用と死』(1982年)から、それに劣らず特異な政治思想を展開する『到来する共同体』(1990年)や『ホモ・サケル』(1995年)へと至る、草深い野道に打ちこまれた唯一の道しるべである。

未訳だったのは無理もない。帯の背は「アガンベンの『一方通行路』」としたが(私の提案を編集者のかたが採用してくださったが、なぞらえるのは「短い影」でもよかった)、暗示や不明瞭な参照の多い本書は──33の「イデア」をめぐる短文と、それを挟む2つの「境界」と題された短文とからなる──、ベンヤミンのものにも匹敵する謎めいた詩的・哲学的論考集となっている。

本文に註は付さず、そのまま読んでいただけるようにしたが、不明点はしらみつぶしにし、判明したことを巻末の註釈集にまとめた。「さすがに、これでわからなければ諦めてください」というのが正直な気持ちである。

訳語選択上のもろもろの試みのなかでは、materiaに「材」、dettatoに「述法」、linguaggioに「言語運用」を充てたことが目を惹くかもしれない。成功している(それほど失敗していない)ことを祈る。とくに、「言語運用」は今後の定訳になるとよいと願っている。

私見では、本書はアガンベンの学識と知性が最も勢いづいている奇蹟的な、空前絶後の著作である。才気に充ちたヒント集さながらの本書から読者は多くの発見へと導かれるだろう。個人的になるほどと思わされたのは、「権力のイデア」において「非の潜勢力」が最初期の定式化を見ていること、「名のイデア」の前半が(それと名指さぬまま)バンヴェニストへの讃辞になっていることだった。ヴィトゲンシュタインとナーガールジュナがそれとなく並置されていることが黒崎宏の一連の仕事を想起させたことも付記する。

(高桑和巳)

広報委員長:香川檀
広報委員:大池惣太郎、岡本佳子、鯖江秀樹、髙山花子、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2022年6月30日 発行