単著

甲斐義明

ありのままのイメージ スナップ美学と日本写真史

東京大学出版会
2021年6月

日本写真史における重要作家群の作品に通底する「スナップ」美学について書かれた論考が、10章にわたって掲載されている。西洋から輸入された「スナップ」概念が、木村伊兵衛の活動によって「被写意識」を極力減らしめる反演劇性(マイケル・フリード)を意味するようになり、戦後に入ると生活綴り方運動との共振関係のなかで日常生活記録の問題として認識される。そして東松照明、森山大道の世代では、街を徘徊しスナップする写真家の身体性をも含意する様式へと変化したことが明らかにされる。「スナップ」写真、すなわち対象が「ありのまま」に表現されていると信じられてきた写真作品群が、実のところ時代によりその志向する意味内容が大きく変化してきた歴史が、丹念な資料調査と綿密な作品分析によって描き出される著者の筆致に、読むものは圧倒されるだろう。

キャンディッド・フォト(被写体が撮影されていることに気づいていないようにみえる写真)における「被写意識」の問題や、マイケル・フリードの「没入」をめぐる写真論の参照など、個々の歴史だけではなく写真表現の理論にも触れながら、スナップの写真史が記述される。「外観に対する真実性」と「現前に対する真実性」──ジョン・シャーカフスキーが『鏡と窓』で提示したテーゼ──を両極とする振り子のような運動の中で揺れ動くスナップショットの歴史。本書は作為・演出/無作為・非演出という、写真行為における永遠の問いに対する真摯な思考の軌跡である。

(桑名真吾)

広報委員長:香川檀
広報委員:大池惣太郎、岡本佳子、鯖江秀樹、髙山花子、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2021年10月25日 発行