第1回オンライン研究フォーラム

ワークショップ1 戯曲音読ワークショップ ──ベン・ジョンソン『錬金術師』を読む

報告:小田透

日時:2020年8月8日(土)14:00 - 17:00

【組織者】北村紗衣(武蔵大学)

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That Alchemy is a pretty kind of game,
Somewhat like tricks o' the cards, to cheat a man
With charming.
Ben Jonson. The Alchemist. Act II, scene iii.

錬金術というのはすてきなゲームで、トランプのいかさまに似ていて、実に楽しく人をたぶらかす
ベン・ジョンソン、小田島雄志訳『錬金術師』2幕3場

北村紗衣の組織したワークショップ1「戯曲音読ワークショップ──ベン・ジョンソン『錬金術師』を読む」は、「古典戯曲を読む会@東京」の世話役を務める片山幹生の協力のもと、オンライン研究フォーラム2日目にあたる8月8日(金)の午後、Zoomで開催された。

組織者の北村によれば、戯曲音読ワークショップは、海外の演劇学会では「わりとよくあるイベント」だという。戯曲音読は、ここ15年ほどのあいだ、日本各地でも試みられてきており、2019年9月には『戯曲を読む会 全国大会2019』が開かれている*1。しかしながら、本ワークショップ参加者20人ほどのうち、戯曲音読の経験者がほんの数人しかいなかったという事実は、戯曲音読がまだ比較的なじみのうすい実践であることの証左だったのかもしれない。

*1 「戯曲を読む会 全国大会2019」の「開会式・座談会・意見交換会」を参考のこと(https://gikyoku.club/2019contents/)。戯曲を音読する団体のなかで最古参にあたるのは、2004年に始まった「本読み会」であるという。当時、明治大学で演劇学を専攻していた大野遙と松山立のふたりが立ち上げた会であった。2006年に誕生した「古典戯曲を読む会」は、SPAC(静岡県舞台芸術センター)俳優の奥野晃士の発案であり、それにSPAC文芸部の横山義志が巻きこまれるかたちで始まり、大阪から、東京、静岡、上田、名古屋と全国に広がっていった。これらの戯曲音読の会において、参加者が戯曲を音読するというフォーマットはゆるやかに共有されているものの、開催の頻度、参加費やテクストの調達方法、配役の仕方、音読する戯曲の選定基準などの細部は、会によって大きく異なっており、場の雰囲気や参加者の顔ぶれについても、地域差が大きいようである。

ワークショップの冒頭で、北村から、ベン・ジョンソンや『錬金術師』についての短い解説があり、また、チャット機能を使って、戯曲にたいする反応や感想を書き込んでいく──しかし、言葉を貧しくする、脊髄反射的な「笑」や「w」[ネットスラングで「笑い」の意味]といったクリシェに頼ることなく──という提案がなされた。その後、Zoomの画面共有機能でシェアされたテクストをまえに、場面ごとに配役を入れ替えながら、参加者が割り当てられた役のセリフを交互に音読していった。

戯曲にたいする短文のコメントをシェアすることによって、参加者は出演者であると同時に観客となった。上演と批評の両方を、ともに共同的なかたちで、同時並行的に繰り広げていくのは、おそらく、このようなオンライン・プラットフォームにおいてのみ可能な離れ業であったように思う。

ベン・ジョンソン (1572–1637)の戯曲『錬金術師』(1610)は、北村の言葉を借りるなら、「疫病流行を背景に、ロンドンで錬金術を用いて人々を欺そうと企む詐欺師たちを描いた諷刺喜劇」であり、「疫病やニセ科学といった現代にも通じるテーマを扱った作品」でもある。不確かな情報に踊らされ、あやしげな薬やまじないに純真に騙されていくさまは、COVID-19という未知のウィルスによって強いられた閉塞的な生、科学的真実よりもイデオロギー的信念に殉ずる態度、SNSの発達がもたらした偽情報の善意による拡散と、アクチュアルなかたちで交錯していた。

騙された人々が一堂に会する4幕には、モーツァルトやロッシーニのオペラのフィナーレのようなカタルシスがある。それがすべてもう一度ひっくり返される5幕は、第2のフィナーレであると同時に、秩序が回復されるエピローグでもある。ベン・ジョンソンが巧妙に仕組んだこの圧倒的なまでの劇的な高揚感は、本ワークショップでも確かに感じられた。

音読のなかで、読み手の解釈は無防備なまでにむき出しになる。それどころか、解釈のさらに手前にあるものさえ──黙読のとき内面で響く声、内面に浮かぶ映像、連想されるイマージュ、匂いや手ざわりから、いまだ分節されきらない生々しい情動のようなものまでもが──生々しく表に現れてしまう。そのような前‐解釈的な瞬間を共にする機会は稀だろう。参加者たちによる音読のひとつひとつが、本来ならばひそやなものでしかない読書行為の共有化であるかのようだった。

音読ワークショップは、小説でも詩でも可能ではある。しかし、共同行為としての音読のポテンシャルが最高度に発揮されるのは、戯曲なのかもしれない。本質的にポリフォニー的なものである戯曲は、ひとりの人間の単声ではなく、複数の存在による複声を求める多元的なものである。上演されることを待っている戯曲を音読することは、受容であると同時に創造である。ひとりひとりが一役を受け持つかたちで、共同で戯曲を音読をした場合、個々の音読者は、テクストの全体というよりも、特定のキャラクターの視点から戯曲世界に参入することになる。戯曲の全体は、音読者の内部ではなく、音読者の共同行為によって創り出される空間に/として、現れ出る。戯曲を集団で音読することのユニークさは、そこにあるように思われた。

Zoomというプラットフォームは、そのような多元的に創造的な共同空間を作り出すことができるメディアかもしれない。音読テクストを画面共有でシェアしたことが、プラスに作用した可能性もある。テクストが大写しになった結果、参加者の注意は、音読者の表情や身振りというよりも、スピーカーから聞こえてくる声とスクリーンのうえのテクストに注がれることになった。その結果、PCやタブレットやスマートフォンといった技術的インターフェースが、参加者個人の視点と、参加者ひとりひとりのプレゼンスと、全員の意識が集中するテクストとが共存する、アクチュアルな表層として立ち現われてきた。

しかしながら、Zoomというメディアの特質からくる弱点があったことも指摘しておかなければならないだろう。テンポの速さが肝要となる短いかけあいでは、技術的に避けがたい微妙なタイムラグが流れを淀ませる。同時発話に向かないZoomは、複数のセリフが一度に発せられる場面と致命的に相性が悪い。その意味では、長台詞の多い、言葉の饗宴のような『錬金術師』は、比較的Zoom向きのテクストだったのかもしれない。

時間の関係上、多少のカットを余儀なくされたものの、「全編を音読して楽しむ」という目的は、予定の3時間を1時間ほどオーバーして18時すぎまで盛り上がったワークショップにおいて、充分すぎるほどに達成されていた。


ワークショップ概要

本ワークショップではZoomを用い、手分けして参加者全員でベン・ジョンソンの戯曲『錬金術師』(1610)を音読する。『錬金術師』は疫病流行を背景に、ロンドンで錬金術を用いて人々を欺そうと企む詐欺師たちを描いた諷刺喜劇である。疫病やニセ科学といった現代にも通じるテーマを扱った作品であり、この全編を音読して楽しむ。テクストは小田島雄志訳を使用する。

※テクストの使用許可を下さった白水社及び小田島雄志先生に感謝します。

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2020年10月20日 発行