翻訳

赤塚敬子(訳)

ピエール・スヴェストル、マルセル・アラン(著)

ファントマ

風濤社
2017年7月
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本書はベルエポックのフランスで一世を風靡した国民的アンチヒーロー、ファントマの活躍を描いた大衆小説シリーズ初巻の全訳である。スヴェストルとアランの全32巻におよぶ小説シリーズは、刊行中からルイ・フイヤード監督による冒険活劇となったことでさらなる人気を得た。映像で確定されたともいえるファントマのイメージ──あるときは完璧な紳士、またあるときは全身黒装束の悪党──は、幾多の変奏を重ね今日にいたる。そこにはシュルレアリストたちの戯れがあり、ルネ・マグリットの執着があり、映像による多くの挑戦があった。

一方原点であるはずの小説は、とりわけ現代において冗長な文体、散漫な構成が瑕疵と見られがちである。本国でもこれまで多く出回っていたのはもっぱら縮約版であった。日本では戦前より断片的に翻訳がなされ、久生十蘭の翻案など興味深い試みもあったとはいえ、すでに忘れ去られた数多のB級小説のひとつという印象は否めない。だがレーモン・クノーをはじめさまざまな芸術家たちは、ファントマの読書体験をたんなるノスタルジーではなくどこか秘儀めいたものとして語っていた。ファントマ映画を撮りたがっていたジョルジュ・フランジュも、フイヤードの映画ではなく暴力と残酷描写に満ちた小説の方からこそ影響を受けたと述べている。そしてそれらの読書体験から、新たなファントマ作品が生みだされてきたのは事実である。

今回、横尾忠則氏のご厚意により、表紙デザインのために新しいファントマを描き下ろしていただいた。デザインを初めて目にしたさいの興奮は忘れ難い。横尾氏は今後またファントマの登場する絵画作品を考えてみたいともおっしゃっていた。テクストから新たなファントマが生まれる瞬間に立ち会えたのはこの上ない喜びである。

(赤塚敬子)

広報委員長:横山太郎
広報委員:柿並良佑、白井史人、利根川由奈、原瑠璃彦、増田展大
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2018年2月26日 発行