トピックス 1

シリーズ『ユーラシア世界』全5巻

・編集委員:塩川伸明、小松久男、沼野充義
・東京大学出版会、2012年、定価各4500円+税

『ユーラシア世界』は、「越境と変容」という切り口から、「ユーラシア世界」の研究に様々な分野において携わる研究者40数名の寄稿を得て編纂した全5巻のシリーズです。普通ならば「講座」と銘打つべき企画なのですが、「講座」につきまとう古くさいイメージからの脱却をはかり、各巻がそれぞれ独立した論集としても読めるような新鮮なアプローチをとっているため、あえて「講座」とはしませんでした。各巻のタイトルは以下の通りです。

 第1巻 〈東〉と〈西〉
 第2巻 ディアスポラ論
 第3巻 記憶とユートピア
 第4巻 公共圏と親密圏
 第5巻 国家と国際関係

編者はロシア史・ロシア政治の専門家である塩川伸明氏(東京大学法学部教授)、中央アジア史の専門家である小松久男氏(元東京大学文学部教授、現東京外国語大学教授)と、ロシア・東欧文学を専攻する沼野で、編集に際しては分野を異にするこの3名が全巻にわたって共同作業をし、それに加えて第1巻には宇山智彦氏(北海道大学教授)、第4巻には松井康浩氏(九州大学教授)がゲスト編集委員として加わりました。執筆陣もまた歴史・政治から哲学・文学・芸術にいたる様々な分野にわたり、シリーズ全体として異分野間のコラボレーションを目指しました。これらの分野の将来を担うべき、「次世代」の中堅・若手研究者が多く参加していることも本シリーズの特徴です。

本シリーズは、ソ連解体・東欧革命後の研究上の新たな枠組みの模索の試みでもあり、旧ソ連圏を中心に、東欧・ロシアからコーカサス、中央アジア、モンゴルまで視野に入れて、この地域に見られる「越境と変容」を探っています。

表象文化論学会の皆様の興味を惹きそうな論考をいくつか挙げると、安岡治子「ロシア文学における東と西」、石川達夫「チェコ人のロシア表象と自己表象」(第1巻)、加藤有子「両大戦間期ガリツィアの文芸界とユダヤ人」、奥彩子「記憶の変奏――ユーゴスラヴィア解体と文学的ディアスポラ」(第2巻)、貝澤哉「ポストモダニズムとユートピア/アンチユートピア」、池田嘉郎「記憶の中のロシア革命」(第3巻)、平松潤奈「顔と所有――スターリン体制下の文学にみる個人と親密圏」、草野慶子「三人の結婚――ロシア近現代文学におけるジェンダー、セクシュアリティ」(第4巻)、篠原琢「中央ヨーロッパを思い出す――辺境からの離脱」(第5巻)など。他の地域を専門とする研究者にとっても、刺激的な視点や興味深い内容が含まれていることと思います。(沼野充義)