トピックス

表象文化論学会賞 創設

7月5日に開催された2009年度年次総会において、「表象文化論学会賞」の設立が承認されました。第1回は、2009年1月1日~12月31日に表象文化論学会会員が発表した著作・論文・作品等を対象に、「学会賞」「奨励賞」「特別賞」の三賞が授与されます。著作や論文だけではなく、作品の制作や発表も含まれているのが特徴です。各賞の内容や規約など、詳細については、こちらをご参照ください。(REPRE編集部)

若手研究者フォーラム「イメージ(論)の臨界——感覚の越境と形象化(不)可能性 」

8月29日、京都大学において、岡田温司教授(本学会理事)の主催による若手研究者フォーラム「イメージ(論)の臨界:感覚の越境と形象化(不)可能性 」が開催された。本フォーラム「イメージ(論)の臨界」は、2007年より年二回のペースで開催されている。第五回目となる今回は、「感覚の越境と形象化(不)可能性 」というテーマの下、六名の若手研究者による発表がおこなわれた。各発表の概要などは以下の通り。

秋吉康晴(神戸大学大学院・博士後期課程)「音と身体の境界―池田亮司《matrix》における「聞こえること」」:秋吉氏の発表は、ダムタイプの音響担当としても知られる池田亮司のCDアルバム、サウンド・インスタレーション作品『matrix』(2000~2001)を取り上げ、オーディオ機器とリスナーとの関係や、不可聴音がリスナーの身体に与える影響などを通じ、音楽聴取がどのように問い直されているのかについて考察するものだった。音楽における「音」とリスナーとの関係が、脳科学の理論や、音楽以外の分野における不可聴音の利用例などを踏まえて検証された。

浜野志保(千葉工業大学・助教)「念写は写真か――テッド・シリアスを手がかりに」:浜野の発表では、1960年代後半のアメリカで、ポラロイド・カメラによる念写を行ったテッド・シリアスの事例を取り上げ、「念写(thoughtography)」なるものの発想が生まれた歴史的背景を検証しつつ、果たしてこの「念写」が「写真(photography)」の一種と言えるかという点について考察した。実際の念写のプロセスとあわせて、念写を含む“見えないものの写真”(心霊写真など)の歴史についても紹介した。

平倉圭(東京大学・UTCP特任研究員)「地層とダイアグラム――ロバート・スミッソンの「映画」」:平倉氏は、アメリカの美術家ロバート・スミッソンによる批評的エッセイ「映画的アトピア」(1971)と、人工の螺旋突堤《スパイラル・ジェッティ》(1970)の制作過程を記録した映画《スパイラル・ジェッティ》(1970)の分析を行った。すべての映像は底なしの忘却へと溶解する、というスミッソン自身の議論を出発点として、突堤の螺旋構造と、スティル写真、映画との関係において立ち現れる、経験を面的/時間的にスライスする「地層」と、それを再編集する「ダイアグラム」の概念についての考察がなされた。

石谷治寛(京都市立芸術大学・非常勤講師)「クリント・イーストウッド映画における近代絵画の記憶――「掘る人」のイメージを中心に」:石谷氏の発表は、初期の西部劇から『チェンジリング』に至るまで、イーストウッドの映画に繰り返し登場する「掘る人」のイメージを分析するものだった。石谷氏は、「掘る人」やショベルのイメージの近現代美術史における意義を指摘しつつ、おもに古典的アメリカ映画の継承者として位置づけられてきたイーストウッドが、西欧の文化的記憶を解体・再構築する作家としての側面も持っていると論じた。

水川敬章(名古屋大学大学院・日本学術振興会特別研究員)「押井守の映像表現と言語表現」:水川氏は、押井守の小説『立喰師列伝』(2000年発表、2004年に単行本化)と、この小説を原作とする同名のアニメ映画(2006)を比較し、両作品の主題と、小説・アニメ表現との関係性を検証した。この発表では、「立喰師」というアウトローを軸とする戦後昭和史が、小説においては民俗学の論文という形式で語られ、映画においてはペープサートを使用したアニメーションによって表現されたことの意義についての考察がなされた。

前木由紀(京都外国語大学・非常勤講師)「新しい古さ――『ヒュプネロトマキア』における「古代風」の問題」:前木氏の発表では、ジョルジョ・アガンベンの評論「言語の夢」をヒントに、1499年にヴェネツィアで出版された刊本『ヒュプネロトマキア・ポリフィーリ(ポリフィロの愛の戦いの夢)』に対する図像学的解釈が再考された。ラテン語と俗語とを意図的に混成した人工言語によって書かれた同書を、ルネサンス人文主義における言語問題の提起として位置づけるアガンベンの見方に倣い、イメージの「意味」を問うよりも、むしろ「意味のない」装飾文様などの内に新しさを見出すというアプローチが示された。

発表後の全体討議では、会場および司会者から各発表者に対して、さらには発表者から別の発表者に対して、いくつかの質問とコメントが投げかけられた。その中でも報告者の印象に残ったのは、各発表をつなぐものとして「ニセモノ性」「偽史」等のキーワードが提出されたことである。「感覚の越境と形象化(不)可能性」というテーマのもとで行われた各発表が、多岐にわたる問題を扱いながら、“偽”という概念によって結びつけられたことは、非常に興味深く思われた。(報告:浜野志保)


秋吉康晴(神戸大学大学院・博士後期課程)
「音と身体の境界―池田亮司《matrix》における「聞こえること」」

浜野志保(千葉工業大学・助教)
「念写は写真か――テッド・シリアスを手がかりに」

平倉圭(東京大学・UTCP特任研究員)
「地層とダイアグラム――ロバート・スミッソンの「映画」」

石谷治寛(京都市立芸術大学・非常勤講師)
「クリント・イーストウッド映画における近代絵画の記憶--「掘る人」のイメージを中心に」

水川敬章(名古屋大学大学院・日本学術振興会特別研究員)
「押井守の映像表現と言語表現」

前木由紀(京都外国語大学・非常勤講師)
「新しい古さ――『ヒュプネロトマキア』における「古代風」の問題」

司会:門林岳史(関西大学・助教)

シェイクスピア祭特別企画公演 楠美津香ひとりシェイクスピア「超訳 尺には尺を」

4月25日(土)に、東京大学駒場キャンパス18号館ホールにおいて、本学会員の入会者も多い日本シェイクスピア協会(http://www.s-sj.org/)の主催によるシェイクスピア祭特別企画公演が行われました。シェイクスピアの全作品を単独上演するLonely Shakespeare Drama (LSD)シリーズで知られた楠美津香さんのパフォーマンスで、演目は「超訳 尺には尺を」。2006年10月の初演以来、これがはじめての再演になります。豪雨にもかかわらず、当日は100人以上の観客が集まり、「格調を全面的にカット」した、ギャグと下ネタにあふれた大衆演劇としてのシェイクスピア上演は、ひたすら爆笑をもって迎えられました。なお、公演の企画と制作には、本学会員の高田康成氏(東京大学)と同理事の竹内孝宏氏(青山学院大学)が全面的に協力しています。(REPRE編集部)