第3回大会報告 研究発表パネル

7月6日(日) 14:00-16:00 東京大学駒場キャンパス 18号館4階コラボレーションルーム3

パネル5:表象文化論と精神医学のコンサルテーションリエゾン

ファントム空間を手術する——DMT(dance/movement therapy)試論
小椋哲(東京大学医学部附属病院)

拒絶と感応——カタトニアとヒステリーの図像学
斎藤尚大(東京都立豊島病院)

イマージュとしての発生学、形態学——表象を介した解剖学と精神医学の結合を構想する
磯村大(東京大学医学部附属病院)

【コメンテーター】原和之(東京大学)
【司会】小林康夫(東京大学)


本パネルは、タイトルからもわかるように精神医学と表象文化論の「コンサルテーションリエゾン」をはかるものである。コンサルテーションリエゾンとは、患者に対してより質の高い医療を提供できるよう、精神科とそれ以外の診療科が連携しつつ治療を行うことを意味する。冒頭ではまず司会の小林康夫さんから、このパネルの目的は精神医学に表象文化論の視点を持ち込むことにより、近年、診断や治療の機械化・単純化によって無味乾燥になりつつある精神医学の言語を活気づけることであると説明があった。つまり、本パネルでは表象文化論がコンサルテーションを引き受ける「コンサルタント」の役目を負う。

最初の小椋哲さんの発表「ファントム空間を手術する――DMT (dance / movement therapy) 試論」は、ダンスセラピーによって「ファントム空間」を活性化させることで精神疾患を治療する可能性を示すものである。ファントム空間とはある人間が自分の身体の延長としてとらえている体の周りの空間の感覚を指し、幻肢(ファントム・リム)などの概念を空間に拡張したものである。精神疾患の患者の中は、ファントム空間が物理的な身体以下に縮小してしまったような感覚に陥るなど、うまくファントム空間が機能しない者もいる。このような場合、ダンスを一種の身体改造、患者を身体改造途上のダンサーととらえてセラピストが患者を動かすことが治療の一つの契機になるということが指摘された。

次の斎藤尚大さんの発表「拒絶と感応――カタトニアとヒステリーの図像学」は、精神科救急医としての経験をもとにヒステリー性昏迷と緊張病性昏迷(カタトニア)を図像とコミュニケーションという二つの観点から分析するものであった。ヒステリーとカタトニアの症状は古くから写真や映像として記録され、現代においては脳機能画像がその役割を果たしている。この発表においては、脳機能画像を分析するにあたってはこれまでに変わる新しいモデルが必要であるということが指摘されたが、時間の都合上発表の後半部分が駆け足になってしまったのが残念である。

最後の磯村大さんの発表「イマージュとしての発生学、形態学――表象を介した解剖学と精神医学の結合を構想する」は、三木成夫の解剖学を出発点として触覚や視覚について考察する内容であったが、こちらも時間の都合上後半部分が大幅に刈り込まれたため、ほぼ三木解剖学の紹介のみで終わってしまった点が残念であった。

三者の発表のあと、会場との質疑応答をまじえつつ司会の小林さん及びコメンテイターの原和之さんのコメントの交換があり、原さんは「今回のパネルにおいては、いずれの発表においても心身二元論から出て、課題としての身体、媒体としての身体をどう取り扱うかということが問題になっている。これは自分の専門分野であるラカンとも密接に関わる問題である」と指摘した。小林さんは、小椋さんの発表にあるダンスセラピーの実施例でセラピストが患者を揺さぶったりつついたりしていたという点をとりあげ、医療において本来はタブーである「触れる」ことの重要性と、重要であるがゆえの危険性を指摘してパネルは終了した。

発表者が全員現役の医師である一方、聴講者のほとんどは表象文化論研究者であるというこのパネルは今回の学会の中でも異色であった。少々時間配分がうまくいかずに駆け足になってしまったものの、立ち見が出るほどの盛況ぶりや活発な質疑応答は聴講者の関心の高さを伺わせるものであった。表象文化論が精神医学に対してコンサルタントをつとめたこのパネルが、心の病に悩む患者たちとその治療にあたる医師たちに少しでも新しい知見を提供できたとすれば、このコンサルテーションリエゾンは成功したと言えるであろう。

小椋 哲

斎藤 尚大

磯村 大

原 和之

小林 康夫


北村紗衣(東京大学)


発表概要

ファントム空間を手術する——DMT(dance/movement therapy)試論
小椋哲

Dance/movement therapy (DMT) は、1940年代の米国の精神科病棟において、モダンダンサーが患者へ舞踊を指導したことに起源を持つ、身体運動を媒介とした芸術療法である。本発表ではまず、その最も尖鋭的と考えられる治療空間の一例を紹介する。そして、発表者自身のバレエ教師としての経験、脳血管障害に対する新しいリハビリテーションとしての認知運動療法の知見を手がかりに、その治療空間の特性を記述する言語として、精神病理学者の安永浩によるファントム空間論が有効であることを示す。DMTの治療原理の一端を素描することにより、「臨床現場で使える身体論」に関する議論の素材を提供できれば、本発表の役割は果たせたと考える。なお、ファントム空間論とは、統合失調症の内的体験の了解を目的とした精神病理学的仮説であり、構想より30年以上経た現在でも、その特異な論理構成は、統合失調症をはじめとする精神障害における体験の生々しさをありありと描き出しつつも、その神経生理学的基盤の追求へと展開し得る普遍性をも具えている点で、斬新さを保ち続けている。

拒絶と感応——カタトニアとヒステリーの図像学
斎藤尚大

精神科医療では、効果器に異常を認めないものの運動機能障害を呈する疾患にしばしば遭遇する。例えば、Kahlbaum KLにより初めて疾患単位として記載されたカタトニア(緊張病)や、Charcot JMらが熱心に撮影したヒステリー(転換性障害)は、今日でも臨床現場を賑わす精神運動症候群(psychomotor syndrome)である。それらの疾患に関する写真や映像をながめてみると、身振りの異常は時に拒絶的に、時に他の患者に次々と伝染するように現れてくる。近年発達した脳機能画像によって、精神病理学的に記述・解釈されてきた精神疾患の運動異常は新たな視点から研究され始めているが、拒絶・感応といった他者とのコミュニケーションの次元については未だ十分に考察されていないように思われる。本発表では、特に運動認知(motor cognition)に関する研究成果を援用して、上述した現象の症候学的・文化コミュニケーション的意義を検討したい。

イマージュとしての発生学、形態学——表象を介した解剖学と精神医学の結合を構想する
磯村大

(1)「群体」としての脊椎動物
生体の主題と変奏の反復構造論はゲーテの植物論からジャック・モノー以降の構造遺伝子まで連綿とある。脊椎動物は群体というより体節Segmentを有し、ナンバーがついた脳神経・脊髄神経、鰓性器官、動脈弓などを説明する。ヒトも幾つかの単位が組みあって頭頚部、前後肢と形成される。

(2)回帰する地点としての三木解剖学
"Tongue in Orbit" "Arm in Mouth" "Projecting Eyes" の三つ組み概念がある。眼窩内の舌、「喉から手」、そして投射する眼。触覚と視覚は位置と動きの知覚を共有して能動的、集団形成を可能にする受容発信のツールとなる。

(3)三木そして養老解剖学「かたちを読む」
素粒子から人体まで反復とりかえが一見可能な単位「ホロン」が養老の著書「形を読む」の中で紹介されている。ナチズムの集合身体は多世界解釈を許容する量子力学後の思想世界で、我々の惑星のなかにいかにその残響を轟かせているのか。

(4)実験室としての診察室 場の反転 実験主体の到来
同一性とは何か。同一化とはどの水準を指すのか。神経の構造にのみ映像が残されているかに見えるわれわれの身体は益々解像度が高く密な情報に多量に暴露されその影響は未知というほかない。