新刊紹介

石田 英敬(編)
『知のデジタル・シフト―誰が知を支配するのか?』
弘文堂 、2006年12月

 デジタル技術がもたらす「知」の条件は、第一に、知の歴史にとって何を意味しているのか、第二に、その生産、流通、蓄積、消費にどのような変化を促しているのか、第三に、人間の経験と記憶にどのような変容を生じさせているのか。本書は、これらの問いに、主に人文学と工学を越境しながら多角的に応答しようとする試みである。
 第一に関しては、身体、道具、文字、知の結びつきが歴史的に位置づけられたうえで、デジタル技術にもとづく「情報の知」と「人間の知」との界面に照準が向けられる(石田英敬)。
 第二に関しては、エンサイクロペディア(吉見俊哉)、放送・通信産業(水島久光)、科学と市民社会の関係(境真理子)、百科事典のコンテンツの探索と結合(三分一信之・藤井泰文)という具体的な事例とその進むべき方向性が照らし出される。
 第三に関しては、メディアアート(阿部卓也)、ナレッジインタラクションデザイン(阿部卓也)、検索技術(高畑一路)、映像技術(中路武士)などの現場への若手研究者による精力的な取材のほか、フランス国立視聴覚研究所のデジタル・アーカイヴ(西兼志)、ユビキタス技術と知(高畑一路)、自己組織的なWeb2.0におけるユーザー概念(水島久光)への考察が加えられる。そして、デジタル技術と記憶、表象、イメージの問題系(中路武士)、中心–周縁の関係を分析軸とした、都市空間とデジタル情報環境における主体の位置の比較(水島久光)が掘り下げて論じられるなかで、改めて情報とメディアの知が俎上に載せられる。
 「人文知の危機」を背景として編まれた本書は、情報技術と人間の界面を見つめ直すなかで、どのような「知の環境」を個別的かつ集合的に紡ぎ出していくことができるかの見取り図を提示している。 (南後由和)