新刊紹介

野島 直子
『ラカンで読む寺山修司の世界』
トランスビュー 、2007年02月

寺山修司(一九三五〜八三)が亡くなってから二十年以上が経過した。昨年、国際寺山修司学会が設立されたが、寺山修司についてこれまで書かれた多くの書物については、学術レベルで評価できるようなものはそれほど多くなかった。本書は精神分析理論の専門家である著者による「寺山修司研究の一冊」とようやく呼べる本格的な論考である。フロイトやラカンの精神分析理論を文化研究に応用することは、少なくとも英語圏の学術の世界で一つのスタンダードになって久しいが、それを寺山修司の解読に差し向けたことが本書の大きな特徴である。だからといって、ラカンの精神分析理論に由来する用語や概念を、ただ単に図式的に当てはめるような愚を著者が犯すことはもちろんない。本書の内容は、寺山の俳句を中心にした初期作品を伝記的事実と照らし合わせて精神分析的に解読する部分と、寺山自身が精神分析の問題系にかなり自覚的に関心を持っていたことを、映画作品や演劇作品を通して論証する部分に大きく別れるが、いずれにせよ、それぞれの論考に見られる丁重で緻密な記述が印象的である。「あとがき」にあるように、寺山の晩年の上演(『レミング』)を八三年に観た筆者が受けた強烈なインパクトがその研究の原点にあり、そこからの長い研究と思索の軌跡が本書に結実しているのである。確かに本書には、寺山修司という個人/現象を説明/解明したいという学術的態度とそこへと向かう著者の熱意が漲っているといっても過言ではないだろう。 (内野儀)