トピックス 4

平成27年度メディア芸術連携促進事業 連携共同事業
「タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存に関するモデル事業」

京都市立芸術大学では、芸術資源研究センターが中心となり、せんだいメディアテーク、ダムタイプオフィス、国立国際美術館と連携して、平成27年度メディア芸術連携促進事業 連携共同事業「タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存に関するモデル事業」を実施した。複数のメディウムに依拠した、時間的な経験を伴う作品──いわゆるタイムベースト・メディア作品──は1970年代以降、各時代のテクノロジーを駆使して数多く制作されてきた。しかし、この種の作品の修復/保存については明確な方法論が確立しておらず、テクノロジーの老朽化や作家の他界により、公開不可能になってしまっているものも少なくない。本事業の目的は、今後ますます多様化するであろう、デジタル技術を用いた作品について適用可能な修復/保存の方法論を提示することにある。

本事業では、タイムベースト・メディア作品の典型として、古橋悌二《LOVERS──永遠の恋人たち──》(1994年)の修復/保存を行った。本作は、1984年に京都で結成されたアーティスト集団ダムタイプの中心的なメンバーとして活躍していた古橋悌二が個人名義で発表したものである。映像プロジェクション、コンピューター・プログラムによるモーター制御、センシングによる観客とのインタラクション、映像と音声を併用した空間構築といった機構を持つ本作は、タイムベースト・メディア作品の特徴を典型的に備えている。本作は、もともと1994年にキヤノン・アートラボ第4回企画展で発表された後、世界各地を巡回、その後1998年にはニューヨーク近代美術館に所蔵された。他方、2001年のせんだいメディアテーク開館記念展にあわせて、ダムタイプの高谷史郎が再制作したものがある。後者はプロジェクターの劣化により展示が困難な状況にあった。本事業で保存修復のモデルとして扱ったのはこのヴァージョンである。

高谷史郎監修のもと京都市下京区の元・崇仁小学校で行われた実際の修復作業では、物理的な機構の修復作業のみならず、本作から抽出した情報を元にして仮想空間で作品を稼働させるシミュレーターを構築した。これまでもプロジェクターや映像機器がその都度、最適なものに置き換えられてきたことからもわかるように、《LOVERS》という作品自体がハードウェアの同一性に依存しているわけではない。新たな技術の出現にあわせて、本作の物理的な機構を変更していく可能性は十分にある。また、今回の作業は《LOVERS》の制作に深く関わっていた高谷の監修のもと行われたが、将来にわたって氏の協力が得られる保証はない。したがって、来たるべき修復作業において参照すべき基準をどのようにして準備しておけばよいのかが問題となる。この問題に対して高谷が提示した答えがシミュレーターであった。それは、現行の《LOVERS》における実際の挙動をコンピューター上で再現するといったものである。さらに、現行ヴァージョンのシミュレーターに加えて、古橋が残した資料に基づき彼が制作時に思い描いていたであろう作品の挙動をコンピューター上でシミュレートするヴァージョンの構築も行った。高谷が「ideal」と呼ぶこのヴァージョンのシミュレーターは、《LOVERS》の「イデア」とでも言うべきものである。シミュレーターの構築は、このプロジェクトの重要な成果のひとつであると考えている。というのも、タイムベースト・メディア作品の修復/保存においては、ハードのそのものの修復だけでなく、それを動かしているロジックやプログラムを保存し、検証していく必要があるからである。今後、《LOVERS》のハードウェアに致命的な損壊が生じた場合、このシミュレーターが物理的な機構を取り替える際の、あるいは再制作を行う際の有効な基準となるだろう。シミュレーターの構築は、言語的な作品記述(エクフラシス)、映像による記録(ドキュメンタリー)とならび、新たな作品記述の方法なのである。

また、今回の事業では、《LOVERS》の修復作業に加えて国立国際美術館との共催で、シンポジウム「過去の現在の未来──アーティスト、学芸員、研究者が考える現代美術の保存と修復──」を、元・崇仁小学校にて、修復された《LOVERS》の公開とワークショップ「メディアアートの生と転生──保存修復とアーカイブの諸問題を中心に──」を開催した。ハードウェアとソフトウェアのどちらを優先して作品の修復保存を行うのか、動態保存と静態保存というそれぞれの修復方針が抱える問題点、美術の専門家のみならずプログラマーなどの技術者の協力の必要性など、タイムベースト・メディアの修復保存について様々な議論が展開された。両イベントの概要を含むこの事業全体の報告をウェブサイトにて公開している。(林田新)