小特集 インタビュー 「現代美術、保存修復の現在——ミュージアムの内外から

インタビュー「現代美術、保存修復の現在——ミュージアムの内外から|アントニオ・ラーヴァ(修復家・イタリア国際修復機関副会長・ヴェナリア国立修復研究所教授)|聞き手・翻訳:池野絢子、田口かおり|記事構成:池野絢子

芸術作品の生と死

—— テート・ギャラリーの方のお話でもう一つ興味深かったのが、テートはもう機能しない作品のコレクションを持っているという話です。彼らはこれらの「死んだ」作品を箱に入れて、その過程をドキュメンテーションするのだそうです。つまり、作品を展覧会に出展することはなく、保存はするけれども芸術作品としては扱わないわけです。これが「芸術作品の死」という言葉で呼ばれていたのですけれど、こうした作品の扱いに対するラーヴァ先生のお考えをうかがえますか。つまり、現代美術における「芸術作品の死」の定義は、どのようなものでしょうか。

ラーヴァ:昨日のシンポジウムで、芸術と生の一致についてお話しましたけれども、死というのは生の一部です。生があれば死があるのですから。芸術がある人の生に結びついているのならば、その人の死とともに作品も死ぬのかもしれない。作品を享受可能なものにするための知識は、その人間の死とともに消え去ってしまうからです。それに芸術家は、ときとしてかなり破壊的な行為をみずから取りますが、私たちはそうした「完全な終わり」の振る舞いを受け入れなければなりません。ある時、ある芸術家にとって、自分の作品が、あるいは自分の制作そのものが気に入らなくなってしまうということだってあるのです。
たとえばシチリア人画家でカルラ・アッカルディの夫であったアントニオ・サンフィリッポの例を考えてみましょう。彼は自殺したのですが、死の前に、それまでに制作したすべての作品を破壊しようとしました。もちろん、病的な行為であると思いますが、それは起こりうることです。彼は、手に入るかぎりの自分の作品を集めて、切りつけ、折り曲げ、引きちぎり、あるいは燃やしてしまったのです。そういうわけで、助かった作品のすべては修復によるものです。多くは、完全に失われてしまいました。私は彼の作品をいくつか修復しましたが、破壊のときの傷跡がとてもはっきりとわかりました。ですからこの作品はつねに、作品を消したいという芸術家の願望のしるしを持っているのです。それは、こういって良ければ、芸術作品の生の一部であり、死の一部でもあると思います。

ブランディ理論の応用可能性

—— 少し話を変えて、理論的な問題について質問させてください。ラーヴァ先生は、昨日行われたシンポジウムでも、現代美術の修復の問題を論じるにあたってチェーザレ・ブランディの修復理論を重要な参照点としていらっしゃいました。ブランディの『修復の理論』は1960年代に出版されたものですけれども、その理論をたとえばタイム・ベースド・メディアやインスタレーションのような新しい形態の芸術に応用することは、どこまで可能なのでしょうか。

ラーヴァ:以前、中央修復研究所の所長であったミケーレ・コルダーロという人物がいます。もう亡くなってしまいましたが、素晴らしい理論家でした。彼は、ブランディの理論はメディア・アートのような映像芸術にも完璧に応用することができると言っています。なぜなら、メディア・アートにおいて修復の対象となるのは支持体だからです。ブランディが言ったように、支持体すなわち物質は、イメージの現れ、イメージの顕現(エピファニー)を支えるものです。メディア・アートであれば、この支持体はフィルム、あるいはデジタルなら機器ということになりますから、ブランディが提起した範囲——彼は、芸術作品の修復にあたって、イメージ自体に介入することなく、構造となる物質を修復せねばならないと提唱したわけですけれども——を出ることはありません。したがってこの場合にも、ブランディの基準は一貫して有効であるということになります。
他方、ブランディ理論の応用可能性が揺らぐのは、昨日のシンポジウムでも触れましたが、芸術作品において物質とイメージが一致する場合です。たとえばアルベルト・ブッリの《袋》では、何が物質で何がイメージであるか、両者を区分することはできません。それは完全に一つです。だから、修復にあたって物質に改変を加えてしまえば、それは同じものではなくなってしまいます。《袋》では、物質そのものがメッセージなのですから。ですから、こうした作品の修復にあたっては常に注意を払い、通常の修復方法を取らないようにしなければなりません。改変の跡を残すことなく、作品を持続させ得るような新しいアプローチを考えるべきです。物質を最大限に尊重せねばなりません。
とはいえ、一般的に言ってブランディの理論はかなり応用が効くものですし、アクチュアルなものだと私は思います。必要なのは、新しい技術や新しいタイプの芸術に対しそれを適用するために、ちょっとした努力をすることです。ブランディ理論を再考するためのささやかな努力が、今後重要であると思います。

INCCAの活動

—— もう一点、現代美術の保存修復をめぐる美術館や修復士の方々の連携についてもうかがいたいのですが、「現代美術の保存のための国際的ネットワーク〔International Network for the Conservation of Contemporary Art〕(以下、INCCAと略称)」という団体がありますね。ラーヴァ先生も参加していらっしゃると思いますが、どのような理念で、具体的にどんな活動を行っている団体なのか、教えていただけますか。

ラーヴァ:INCCAは、1997年にアムステルダムで行われた現代美術の修復をめぐるシンポジウム後に誕生した機関です。90年代の終わりに発展し、世界各地の美術館がこのグループに参加しました。トリノのGAMも設立当初からメンバーとして参加しています、私が入るように勧めたのですが。INCCAは、EUから資金的援助を得てネットワークを広げ、今ではアメリカや非ヨーロッパ圏をも含む世界的なネットワークになっています。実際、このネットワークは、情報の収集という観点で重要な役割を果たしています。INCCAは、どのようにアーカイヴ化すれば良いかわからない作品を救うための情報を集積しているのです。作品情報、修復記録、作品の写真、修復前後の様子……こうした資料の収集を、メタデータによって行っています。つまり、実際にその資料を収集しているわけではなくて、その作品や資料についての簡単な報告書を集め、どこに行けばその資料が保存されているのかがわかるようになっているのです。
私の考えでは、INCCAの唯一解決していない問題は、専門家に対してしか開かれていないことです。INCCAが集積した知識は、たとえお金を払ったとしても、すべての人に開かれるわけではありません。もちろん美術館以外に修復士も参加してはいますが、一般の人が入会することはできないのです。美術館は情報を公開することを望んでいないので、情報は隠されたままになっています。誰でもがアクセスできるものとして作られてはいないわけです。もしもINCCAがインターネットのように利用することができるようになったら、自由にネット上で探して情報がどこにあるのかを知ることができるのですが。いったいいつ、こうした状況が改善されるのかはわかりません。今のところ、私には可能性はないように思われます。もちろん、ネットワーク自体がなくなることはありませんし、それがまずは重要なことではあるのですが、普及させることも大切だと思います。

今後のプロジェクト

—— もう時間が来てしまいましたが、最後に、ラーヴァ先生がいま手がけていらっしゃるプロジェクトなどがあったらお話いただけませんか。具体的にどんなお仕事をしておられるのでしょうか。

ラーヴァ:現代美術に関しては、パリのモンパルナスにあるネッカー病院のキース・ヘリングの壁画について、修復プロジェクトを行っているところです。4月初めからですから、イタリアに帰って少ししたらすぐにパリに向かいます。プロジェクトはすでに始まっていますが、今後も続けて行く必要があります、この壁画はかなりひどい状態ですから。ニューヨークにあるヘリングの財団と私の同僚の修復士も参加した、共同のプロジェクトです。
それから、他にも小さなプロジェクトはたくさん抱えています。たとえばトスカーナにあるカレル・アペルの彫刻、これは展覧会に出展中に壊れてしまって、小さな亀裂が入っていしまいましたのでその修復を行います。それに、陶磁器を保護するための新しい仕事にも携わっています。ゾルゲル法というのを用いて、視覚性を妨害しない方法で陶磁器の表面を保護するのです。この方法なら、作品自体は同じ外観のまま、外気に触れた状態でも作品が長く保つようにすることができるのです。これはトスカーナのコレクターのもとで行うプロジェクトです。それから、この九月に開かれるイタリアの会議では、天然ゴムの修復についての発表をするつもりです。
実践というのは、けっして終わりがないのです。私は修復作業を行いつつ、その作業を公開していくようにしています。自分が関わっている修復作業について、コミュニケーションを取ることが非常に重要であると考えているからです。九月の発表にしても何にしても、目的は、他の人々と対面し、情報を共有しあうことです。ですから日本に来てみて、現代美術の修復についての関心がいま、急激に高まっていることを、非常に興味深いことだと感じましたね。

——今日は貴重なお話をありがとうございました。

(2014年3月24日、京都にて)

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