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第11回研究発表集会|研究発表3 作品の生成・変容・受容

日時:2016年11月5日 13:30 — 15:30
場所:青山学院大学青山キャンパス17号館(17402教室)

  • 鈴木葉二(東京藝術大学)「サイ・トゥオンブリー論におけるロットノートのナラティヴの特異性」
  • 宮本明子(東京工業大学)「演劇から映画へ――里見弴による演出をめぐって」
  • 本田晃子(早稲田大学)「白昼夢の建築――『全線』に見るソフホーズの形象とその分析」

司会|中村秀之(立教大学)

鈴木葉二(東京藝術大学) 「サイ・トゥオンブリー論におけるロットノートのナラティヴの特異性」

 サイ・トゥオンブリー(1928-2011)は高く評価されるアーティストだが、抽象的な作風と作家自身の長い沈黙のために、その解釈については専門家の間でもしばしば「説明しがたい」などと言われ、美術批評上の位置づけは明快ではない。そのため、彼(あるいはその作品)を論じるにあたっては、論者はそれぞれ独自の観点を採らざるを得ず、結果として様々な方法論=ナラティヴが試みられている。
 ロットノート(オークションカタログに掲載される作品解説文)は、この十数年ほどの間に目立って長文化してきた。商取引の媒介者としての立場上、オークションハウスは価値中立でいながら、かつ価格を肯定する必要がある。そのためロットノートは「無記名で」「専門家の見解に基づく」ことによって、主観性を排除した中立なナラティヴを確立しており、これを比較的新しい作品論の方法とみなすことができる(批評とは呼べないにせよ)。トゥオンブリーのように主観的に語らざるを得ない対象においては、ロットノートは単なる解説文というに留まらず、複数のナラティヴの無用な対立を無効化し、ひとつのナラティヴで多様な論点を語るテキストとして積極的に読まれることも可能である。例えば「ブラック・ボード・ペインティング」と呼ばれるシリーズは最も高額で落札されるが、これらの作品については、トゥオンブリーが古典文学や神話への大げさな傾倒をやめてミニマルなスタイルになったことを好感する評価が批評上の主流である。しかしロットノートにおいて複合的に示された論点を統合すると、むしろ時空間の表現におけるダ・ヴィンチやデュシャンへの接続など、他にも多岐に亘る要素が市場における高評価に繋がっていることが一望できる。


宮本明子(東京工業大学) 「演劇から映画へ──里見弴による演出をめぐって」

 里見弴は、小津安二郎が親しくしていた作家のひとりとして知られる。演劇の脚本、演出も手掛けていためか、『戸田家の兄妹』(1941年)や『晩春』(1949年)では、演出の効果について具体的に意見を述べ、後に小津がその一部を作品に反映したことが指摘されている。『早春』(1956年)では、台本上の科白やト書きへの加筆修正の一部が、実際に映画に採用されていたことが明らかになった。
 以上をみれば、里見は少なからず小津の映画に寄与していたといえる。しかし、その全貌は未だ明らかにされていない。本発表では、里見の寄与が、小津の映画の会話に指摘できることを、複数の資料から確認する。従来、小津の映画の台本は第一稿すなわち決定稿として知られてきた。替えられたとしても、誤字脱字や語尾の訂正にとどまるか、それに準じる微細な変更であるというものである。このうち、科白は、ある条件のもとでは大幅に変更されることさえある。その際に重視される可能性のあるものとして、『早春』の事例では、人物造形、語順が挙げられる。一方、同台本で里見が行ったト書きへの修正は、科白よりも詳細な言及であるにもかかわらず、映画に一切採用されていない。この背景には、人物の動きは「ト書きで説明する」という里見の演出方法との差異があるとみられる。
 現時点では、里見による加筆修正の事例は、演劇台本の場合に限り認められる。それに対して、映画台本で里見はどのような演出を試みようとしたのか。新たに鎌倉文学館所蔵資料も対象として、里見の演出方法の実態を探る。


本田晃子(早稲田大学) 「白昼夢の建築──『全線』に見るソフホーズの形象とその分析」

 セルゲイ・エイゼンシテインの『全線(古きものと新しきもの)』(1929年)は、それまでの彼の作品『ストライキ』(1924年)、『戦艦ポチョムキン』(1925年)、『十月』(1927年)とは、幾つかの点で大きく異なっていた。本報告は、これらの相違の中でも特に背景となる建築空間に注目する。革命の前史を描いたそれまでの作品では、実際に事件の起きた場所で撮影することが物語の「真正さ」を担保する上で不可欠であったのに対し、現在と未来の農村を描く『全線』では、場所の具体性は重視されず、さらに終盤ではソフホーズの巨大なセット、つまり虚構の空間が主要な舞台となった。一体なぜ、何が彼にこのような転換を促したのか。
『全線』のソフホーズの場合、そのイメージの源泉のひとつとなったのが、同時期のル・コルビュジエの住宅群だった。エイゼンシテインはロシア構成主義の建築家アンドレイ・ブーロフをセットの設計者に抜擢し、ル・コルビュジエの「住むための機械」を、文字通り機械化されたソフホーズへと翻案させる。書割ではない実物大のソフホーズを背景に用いることで、スクリーン上のイメージが母型となり、同様の、しかし現実のソフホーズがスクリーンの外部に出現することを、エイゼンシテインは期待していたのである。
 本報告では、このように『全線』のソフホーズの形象について、とりわけそれが占める虚構と現実、夢と現実の間の曖昧な位置について論じる。

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