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第11回研究発表集会|研究発表1 虚構の政治、イメージの感性論

日時:午前10:30—12:00
場所:青山学院大学青山キャンパス17号館(17402教室)

  • 鈴木亘(東京大学)「文学的動物としての人間――ジャック・ランシエールにおける政治とフィクション」
  • 福尾匠(大阪大学)「エリー・デューリングの映像論――トポロジカルな同時性とパースペクティブ」

司会|堀潤之(関西大学)

鈴木亘(東京大学) 「文学的動物としての人間──ジャック・ランシエールにおける政治とフィクション」

 ジャック・ランシエールは美学と政治、芸術と政治の関係を論じる思想家として紹介されてきた。彼において政治とは、可視的なものと不可視的なもの、言葉を持つ者と持たない者とを分割する「感性的なもののパルタージュ」の再編成の謂であり、このように感性の枠組みの変更が政治を構成するという意味で、政治にはひとつの美学=感性論が存するという。他方で近代以降の「芸術の美学的体制」において、芸術は「感性的なもののパルタージュ」の再編成をもたらすものとされ、この働きが「美学の政治」と呼ばれる。
 現代芸術をめぐる議論の中で、後者の「美学の政治」の論理、すなわち芸術が政治的効果を有する次第については盛んに注釈・応用されてきた。対して本発表は、前者「政治の美学」の発想を芸術論の文脈から読み直し、ランシエールが政治的実践にもある種の芸術性を認めていることを明らかにする。本発表はまず、『不和』において彼が政治的言語を詩的隠喩として捉えていることを確認し、次いでその内実を、『感性的なもののパルタージュ』等において、現実を構築する方法として芸術の領域に留まらない独自の意義が与えられる「フィクション」概念を手がかりに検討する。ランシエールの政治思想の根底にある、現実をフィクション化する「文学的動物」という人間観を浮き彫りにし、そこから彼における政治・美学・芸術の関係を捉え直すことが、本発表の目的である。


福尾匠(大阪大学) 「エリー・デューリングの映像論──トポロジカルな同時性とパースペクティブ」

 本発表は、近年「プロトタイプ論」によって注目されているフランスの哲学者、エリー・デューリング(Elie During)の映像論を取り上げる。彼の映像にまつわる論考がまとめられたFaux raccords: La coexistence des images (Actes Sud, 2010)は、映像空間をひとつの仮想的な世界として捉え、そこで繰り広げられるイメージの共存と連鎖を分析することで時間、空間というカテゴリーを更新することを狙った書物である。これは、ジル・ドゥルーズ『シネマ』の問題設定を引き受けた、ドゥルーズ以降最新にして最初の主要な試みであると言えるだろう。とはいえ、Faux raccordsは論文集であり、それぞれの論文でなされる個別の映像作品についての考察の背景にある時間、空間論を統一的に把握することは難しい。そこで本発表では、「トポロジー」、「パースペクティブ」、「知覚と記憶の同時性」、「虚構−芸術」などの、本書を通して重要な機能を持ついくつかの概念を取り上げ、それらの関係を仮設的に規定することでデューリングの映像論から構築しうる時空的なシステムを提示し、その帰結としての「プロトタイプ」の機能を明確にすることを試みる。デューリングの映像論は、メディア論や文化論に還元され得ない映像が持つ哲学的な射程を再検討するきっかけをわれわれに与えてくれるだろう。

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