日時:2015年11月7日(土)午後13:30-15:00
場所:東京大学駒場キャンパス21KOMCEE(East 2F-211)

・井出健太郎(東京大学)「「声-字-実相」の系譜学――近世日本における国学と密教の言語理論」
・ロビン・ヴァイヒャート(一橋大学)「動物を訳す、文化を書く ―― ベネディクトにおける隠喩と引用の関係について」

司会|佐藤良明(放送大学)

井出健太郎(東京大学)「「声-字-実相」の系譜学――近世日本における国学と密教の言語理論」

 本発表は、言語と歴史性の関係をめぐる密教と国学の言説の読解を通じて、18世紀日本の文献学的探究がいかに「日本」の歴史性を表現しようとしたのか、批判的に明らかにする。
 近世の東アジアでは、メタ言語的な考察にもとづく、古典テクストの文献学的な探究が同時に生起した。こうした広い文脈に配慮しつつ、発表では、真言密教を背景とする契沖(1640-1701)の言語理論を読解し、さらに本居宣長(1730-1801)によるその批判的継承を問うことによって、音声・書記の理論が分節化した「日本」の歴史性の構造を照射していきたい。
 まず、近世の古典言語の表象作用の危機という文脈において、契沖のテクストが読解される。そこでは、法身の展開として言語をとらえる契沖が、非-歴史的な法の伝達の担い手として言語を位置づけ、自らの文献学的探究を正当化しようとしたことが明らかにされるだろう。また同時代の荻生徂徠(1666-1728)が中国詩学に拠って表現した強力な歴史性との対比において、契沖の枠組みが評価される。そのうえで本発表は、この二人の批判的継承を通じて、「日本」の歴史性を分節化する宣長の方法に接近していくことになる。特に、その方法が、神話的時間と歴史的時間の交錯する複層的な歴史性を描き出すものであったことを十分検討することにしたい。
 以上の作業を通じて、「日本」をめぐる歴史の詩学の構造へ批判的な仕方で接近すること、それが本発表の大きな目標となる。


ロビン・ヴァイヒャート(一橋大学)「動物を訳す、文化を書く ―― ベネディクトにおける隠喩と引用の関係について」

 本発表では、ルース・ベネディクト著『菊と刀』における一つの支配的な隠喩を検討していく。『菊と刀』では、人類学という学問の営みが繰り返して「視覚」という比喩で表現される。しかし、視覚に関わる語彙は、ベネディクト自身が記した本文中だけでなく、事例として引用される「ハチ公」の物語にも続発する。それはハチの行動を日本人のアレゴリーとして読むことを容易にすると思われる。だが、引用文とその元となる文章を比較すると、人類学的な方法を現す視覚の隠喩と、「民族誌的資料」からの事例の間のその修辞的な一貫性が、翻訳を通してしか成立しないことが分かる。つまり、「文化」の解釈は、翻訳によって、言葉の中に、すでに準備されているといえる。そしてそこで、逆説的に、日本人が動物であるハチと暗に同化されるのである。知覚・感覚や動物に関わる人類学的な理論を踏まえながら、引用としてベネディクトの「日本文化の型」に精巧に編みこまれていながらはみ出してしまう、このハチのイメージに焦点をあて、その物語の精密な読解によって、「文化」を説く文章のなかにひそんでいる余剰的な意味を抉り出していくことが本発表の試みとなる。